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2008.07.10 (Thu)

何が、正しいのか。

自分と同じような葛藤を持ち、同じような状態に上司がなっていることに、ただ驚いた。

「そう、私もね、分からなくなるときがあるの。何が正しのか、とか、本当は何をして生きるべきなのか、とか、何のために働くのか、とかね。このジョブに携わっているときは、何と言うか重苦しい何かが頭の中でグルグル回っているの。」なんてサラリと言ったものだから。


正しいということをシンプルに正しいと思え、それを実行することは困難だ。


どれだけの企業や人が、
誰でも分かる明確でシンプルな「正しい」を追求して活動できているのだろう。


クライアントインタレストファーストだとか何だとか言いながら、
結局は金を払ってくれたものだけの味方だ。そう、それがビジネス。そんなこと百も二百も承知だ。
アカデミックな世界ではなくて、こういう金が絡む世界に入り、ペーペーだがもう数年だ。

だけど、そんなことではなくて世の中にはやらなければいけないことがあるのかもしれない。
今のこのジョブでは常に、そう考えさせられる。

何が正しいのか、と。

今、自分が携わっている仕事を通じて、
みんなの笑顔が広がっていったり、
綺麗な森が育まれたり、
色んな動物が元気でいたり、
美味しくて安全なものが食べられたり、
安心して暮らせたり。
そんな、生きていく上で最も重要なそんなシンプルなことが追求できているのか、と。
そこに最終的に行き着くような仕事をしているのか、と。

ビジネスという仕組みの中で小手先を追求して金を稼ぐとか、
形骸化させて利益を得るとか。そんなことではなくって。
本当にそういう所に行き着く所から行動をしているのか、と。

仕事に対しては考えてきたはずだった。
理不尽?不条理?当たり前でしょ?だってビジネスだから。
だってそうでもしないとうまく金、儲からないでしょ?

そんな言葉は嫌で、嫌で。
でも理想は理想、それはそれ。
だから何ていうか、そういうものに理想なんてものには蓋をして、
ただ、前を見てきた気がする。成長していつかは僕も何て思い、
蓋をしてきた気がする。

でも目の前にいる経営者が「本当の正しい」を貫き通そうとしている姿を見たとき、
それも日々当たり前のように、呼吸をするのと同じくらい当たり前にやり抜こうとしている姿に直面したとき、そんなイイワケみたいなセリフ達はたちまちどこかえ消えていった気がする。

そして、「これって正しいんだっけ?」
そういうシンプルな問いだけが残っていった気がする。

ただその現実はあまりにも重たい。
今の僕には支えられないくらい重たい。
僕らが生きているこの仕組みの上では、あまりにもその「正しい」は黙殺されて久しいのだから。

グリーン証書?どっかの日系コングロマリッドがまた汚く儲けるための手段でしょ?
ダビング10?XXXがXXXするための止むを得ない手段なんでしょ?


「正しい」から考えるとこの世の中はあまりにも醜い。

僕らが住んでいるこの世界はあまりにも、
形骸化した「正しい」ということを追求し、気づけばもう後戻りできない所まで来ているのかもしれない。


みんなはどうですか?
心の底から思えてますか?
自分や自分の属する(信じる)組織が本質を追求して正しいことをしているのかと。

だってビジネスだからしょうがないじゃん?何てイイワケなんてせずに。
だってそんなイイワケしなくても出来ている人や組織がいるのだから、
そう思うのはあまりにも身勝手でしょう?

僕は、今の僕には自信がない。
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00:58  |  12.仕事のこころ  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

★豊かさ

http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatena/20070711/1184149449

>>
はてなでは「豊かな生活とは、十分な数の大切な人間と十分な時間接することができ、社会から受け取る以上の価値を社会に対して提供している状態である」と考え、これを拠り所にサービスの提供にあたりたいと考えました。
<<

>>
豊かさに欠かせない2つの要素として、人と接する時間と、人に価値を与えることのできる余裕の二つの要素があると考えました。大切な人とのコミュニケーションを十分にとることができない生活は豊かではないし、社会に対して価値を出すことができない生活も豊かではないと考えました。後者については、よりたくさん「所有」していることを豊かであるとする場合が多いと思いますが、はてなでは「所有」ではなく「提供」できることこそが豊かな状態であると考えたいと思います。
<<

成功と失敗はあれど、善悪や正否は無いような気がしていた去年のいまごろ、この言葉を見つけて、それ以来ずっと「豊かさ」というフレームワークを胸に留めたまま生活してきました。

そのせいか、俺、いま自信に満ちてられてる気がします。
atishida |  2008年07月10日(木) 08:27 | URL 【コメント編集】

>いしだくん
コメントありがとう。良い言葉だね。
君らしい答えではあるけど、それはそれでよいと思うよ。
また近いうちはなしましょう。
Koji |  2008年07月11日(金) 19:13 | URL 【コメント編集】

>みなさま

ここを見ている人は少ないと思うが一応。

こういう感じのブログを書くとメールをもらったりしますww
今回は3通ほどいただきました、ありがとうございました。

その中の一つで、「ここで述べていることは、企業倫理に適うかどうかということか」という意見があったので切り出してここでコメントしたいと思います。

結論からいうとそういうことではなくて、そういう意味で読み取れてしまったらそれは僕の文章能力が稚拙なので簡便して欲しいということですかね。

企業倫理なんて最低限守るべきもので、もっとより本質的な意味での企業価値を追及するということなのかもしれない。

具体的にこういうとこにかくと職業差別的な感じになるので書かないけど、そして差別をする気もないのだけど、もっと単純に人が如何にして幸せになるかとかに繋がる仕事をしたいとシンプルに思ったということですかね。

こんな時代なので、バリューチェーンを切り出して、その機能特化して、そんなとこに胡坐を書いているだけのビジネスはそこら中にあると思う(分かり辛い書き方だけど勘弁してください)。経営ということがより高度化し複雑化した時代だからそれは止むを得ないのだけど、そんなことをすべきではなくて。

もっと根源的な仕事に対して社会は価値を認めるべきであり、人も真摯にそういう本質を見つめるべきであるし、自分のそのように生きるべきである、そう思ったという非常に単純な話なのでした。

まあ興味があったら、最近は暇しているので飲みにでもいってやってください。宜しくお願いいたします。相変わらずテンションは高いのですが、自分を振り返るために、そして振り返れる程の素晴らしい仕事に就けているので、このような問題意識を切り出して最近はブログを書いているのです。

こうじ









Koji |  2008年07月12日(土) 02:15 | URL 【コメント編集】

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